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ON MY WAY

あたし・夫・こどもの日常まるまるブログ。

それでもどこかにひっかかりたい

あっという間に年が明けて、ブログの間隔もあけちゃいました。だめねー。

 

うちは1月下旬からこどもが学校に行けなくなりました。

理由は色々とありますが、発達障がいがある事での困り感もありつつ、苦手なところで同級生からの心ない言葉や態度を受けて、「これ以上生き恥を晒すなら、死んだ方が良いのかな」と言い出したのです。

こどもに死んだ方が良いのかなと言われるのは、こんなに辛いのかと思う程、ショックです。

 

それからは、心が落ち着くまでは学校には行かなくて良いと話して、家で過ごしたり、教育相談に行ったり、中学から行く事になるであろう、通級の面接に行ったりしています。

 

今日は通級の面接のお話。

日程は2日あって、1回目は親は就学相談員と面談、こどもは田中ビネーという検査を受けます。

田中ビネーの検査結果のIQと特性をお聞きして(WISC-Ⅳと結果はほぼ同じでした)、通級へ通う資格アリという事で、2回目の面接の日程調整後終了。

2回目は、こどもは簡単な国語・算数の問題を解き、質問の受け答え(好き嫌いを食べ物や教科で聞かれ、理由を述べられるか)や、観察して絵を描いたり、先生から提示された絵の読み取り等を行います。

この間親は、1回目でお話をした相談員に中学校の先生も交え、2回目の面談。

うちは、絵の読み取りが気になると言われました。

絵には、大縄跳びで遊んでいる子どもたちと一人でつまらなそうに遊んでいる子どもと、その子を誘っている様な素振りの子どもが描かれていたそうです。

それは読み取れたそうですが、「あなたがこの絵の中にいるとすれば、どの子でしょう?」という質問をしたら、「絵を描いている」と答えたそうです。

どういう意味かは理解出来なかったけれど、こういうところが、彼特有の感性なのだろうと思いましたと。

 

うん、多分何を聞かれたのか考えても分からなかったんだろうなー。

こういう的はずれな事を言う時は、大体質問の意図をしっかり理解出来ていません。

「あなたがこの絵の中にいたとしたらどの子だと思う?」ってのは、想像の世界で、実際に絵の中にはいませんからねー。

ない事を想像して、自分の普段の役割を考えて、おそらくこの辺りになるだろうと目星を付けて、考えを伝える。これらをスラッとやれるかやれないかは通常発達と発達障がいを持つ子の違いとして、大きく出るんでしょうねー。

 

この時、前回の面談から、うちは大きく状況が変わったので、学校に行けなくなった事や、死んだ方が良いのかと言った事等、経緯をお話しました。

お話しながら泣きましたねー。

もうこれで通級入れなかったら、誰が入れるのって位w

相談員さんが心配して廊下まで付いてきて話を聞いてくれました。また優しいんですよ、この方。

 

その後、特別支援学級を持つ中学校の先生と親子で面接。

中学の校長先生の圧がすごい・・・。

声も大きいし、言葉が難しいし、こどもの苦手なタイプの先生で、これは矢継ぎ早に質問されたりすると、答えられないかも知れない・・・と思いましたが、何とかかんとか言葉を絞り出し、質問タイムをくぐり抜けました。

こどもなりにとても頑張って、学校が楽しくない事、嫌な事を言われたりされたりするのはエスカレートしている事、学校に望むのはいじめがない事等、話していました。

 

あたしには、何故通級を希望するのか、通級に望む事、通常学級に望む事等を聞かれました。

通常学級に望む事、特にもうないなーと思いましたね。

校長先生にも正直に「もうないです」とお伝えしました。

だって理解しろって言ったって、先生は大人だから理解してくれるだろうけど、生徒は難しいと思います。

例えば部活が楽しくて、部活に行きたいから学校に頑張って行く様になるという可能性はあるかも知れないので、その辺の期待はありますが、こどもは公立の中学に行くので、同じ小学校からのメンバーも進学します。

中学に上がったって急に同級生は優しくはならないし、皆思春期ですからねー・・・。

上手く馴染めると良いなぁと思う反面、なかなか難しいだろうと覚悟はしています。

その上で、他の道を探っておくのは大切かなと思っています。

 

でも、他の道があるよ!と言いながら、あたしは学校に行って欲しいと心の底では思ってしまうし、いつか行ける様になるなら、なるべく前倒しになって欲しいと思ってしまいます。

どこかにひっかかっていたいと思ってしまいます。

"親の欲"を捨てるっていうのは、難しいものですねー。

 

 

発達障がいは周りの人の理解や支援があると、とっても助かります。

目が見えない人に「頑張れば見える!」「お前何で見えないんだよ!!!」って誰も言いませんよね。

眼鏡やコンタクトレンズの力を借りますよね。

特に軽度発達障がいの場合、周りが優しい人達で面倒見が良いと、本人は困らないで生活出来るかも知れません。

こどもも、おせっかい女子に引っ張ってもらって助かった時期が沢山ありました。

ほんと、有り難かったです。

 

ちょっと前にこどもが言っていました。

「俺はお皿とかを落とした時、何やってるの!?じゃなくて、大丈夫?って言ってあげられる、優しい世界が良かったな」って。

 

通級の面談の時に中学の先生が言いました。

「通級に通えて、通常学級には通えない子は何人もいます。通級に通う子の中には、嫌な気持ちになる様な事を言ったりしたりする子はいませんから、通級には来ます。」

 

人の気持ちの痛みを知って、人間的に成熟しているのは発達障がいがある子の方なんじゃないかと思いますね。

自己を啓発するのは悪くないけど。

自己啓発にハマってらっしゃる方が使われる、

志事(しごと)とか、顔晴る(がんば る)とか、あれは何なんですかね。

心友(しんゆう)とか、猫かぶらずにド直球で言うと、しゃらくせえわですよ←

 

自己を啓発されるのは良いんですよ。

皆さんちょっとでも、"良くなりたい"と思うと思うんです。

例えば、良い行いをしたいとか、良い人間関係を構築したいとか、引き寄せの法則だとか、そういうのはとても理解出来ます。

あたしだって、少しでも良い存在でありたい。と思ってはいます(笑)

 

でもその気持ちが、「志事顔晴れ!」になった途端、すっごく薄っぺらく感じるのはあたしだけ・・・?

中身のなーーーい、取って付けた感を辺り一面に撒き散らしていると思うのはあたしだけ・・・?

自己を啓発して、その程度か!とまで思わせる造語集には、ある意味ヤンキー的才能を感じます。

四露死苦!みたいな。

 

自己啓発されている中にも、多分しゃらくせえわと思ってて、使わない人もいるんだろうし、自己啓発も幅広いだろうから一概にどうこうは言えないけど。

重ねて言いますが、自己啓発が嫌いなんじゃないですよー。

周りは変えられないけど、自分は変われるってあたしだって思います。

でも、字面を変えても自分は変わらないと思うんだなー。

そうそう、だから嫌なんだ。

字を変える事で意識を変えるとか言うんだろうし、確かに目から入ってくる情報は大事だと思うけど、仕事を志事って書いたり、頑張るを顔晴るって書くだけで変われるなら、その人はとっくに変わってる。

書く事で「自分、自己を啓発出来てる~!」って思わせるワナなんじゃないかとすら思えてくるから自己啓発セミナーって怖いw

 

あたしは仕事は仕事で良い。

頑張るは頑張るで良いし。

親友なんて、素晴らしい言葉だと思う。

そのままで充分、変われると思う。

言葉は思考かも知れないけど、間違いなくあたしは頑張るを顔晴るって言う人とは距離を置く。

頑張るって、顔晴れんだろ。

頑張った後に、顔が晴れる事があるだけでしょ。でも、頑張った事は無にはならんのだ。

それで充分だと思ったお話。

 

こどもと発達障害

うちのこどもには発達障害があるのですが、最近あたしもようやく、ポイントを理解出来てきました。

 

今年の2月に検査を受け、ADHDと自閉スペクトラムである事が分かったこども。この時5年生でした。

2年連続で夫の転勤があり、転校続きで変化についていけず、不登校気味になったのがきっかけで、掛かり付け医に児童精神科を紹介して頂いたのです。

 

そこで、発達に疑問がある事を話しましたら、十中八九、何らかの発達障害があるのは間違いないだろうとの事で検査を受けたのです。

 

小2の時にも、発達障害を疑って、掛かり付け医に相談していましたが、その時は「授業中座っていられて、名前が言えたら大丈夫!」と帰されてしまった事もあったので、検査してもらえれば、ハッキリすると考えました。

 

あたしが発達障害を疑った点は、

・いつもどこでも靴を脱ぐ(レストランや、初めて行く場所なんかでも)

・寝転がっている事が多い

・2つ以上の指示を覚えていられない

・長い話を聞ききれない

・怒られていてもボーッとしている事がある

・服はデザインより着心地重視(特に締め付けを嫌う)

等々、数え切れない位あります。

難しいのは、うちのこどもの様に、受け身で、お友だちにケガをさせる等、所謂"問題行動"がない場合は、発達障害の発見が遅れがちであるって事です。

あたしも、もうそろそろ出来て良さそうな事が、相変わらず出来ないので、こどもが高学年になってからの方がより、疑惑が深まった様な気がします。

 

こどもの場合、WISC-Ⅳ(検査)の結果を臨床心理士さんに見てもらっても、出来る事が多いと言われました。

しかし、出来る事が多い分、通常発達の子と同じ様に思われて、同じ事を要求されるので、本人は辛さを抱えやすいと。

本人もよく、相手の要求が分からないといった様子で、どうしたら良いんだろうと悩んでいる所があります。

例えば授業でも、1度説明された事は(説明が曖昧だったり、話が長いとどこが大事なのか分からない)説明されたのに分からない自分が悪い・馬鹿だと思っているので、もう1度説明して下さいだとか、どうしたら良いですか?とも聞けず、悩んでいるのをボーッとしているととられて尚更怒られるみたいな事はよくあります。

 

言語理解と処理速度が低いので、短く、ポイントをはっきり、分かる言葉で伝えれば出来ますが、

長々と話されれば話される程、理解する量は莫大になり、処理に時間がかかります。

やっと処理したと思っても相手は話を続けているので、分からなくなるんだろうと思います。

 

うちは検査後、病院で週1回の療育を受けていて、それがとても親子とも役に立っています。

こどもにとっては、ソーシャルスキルトレーニングの場で、あたしにとっては、こどもの困っているポイントを知る時間になっているからです。

 

教育相談室にも、先月から月1で通っています。

通級にも申し込みました。

通級は、相談室で勧められましたが、出来る事が多いので、通えない可能性もあるとの事。

どうなるかは分かりませんが、出来るだけの事をするしかないと思っています。

 

発達障害だから特別に扱って欲しいのではなく、きちんとポイントを押さえれば、出来なくて困っていた事が出来る様になるかも知れないので、手間はかけるかも知れませんがご協力お願いします!って事が、周りの大人に分かって頂ければ有難いです。

男はいつも待たせるだけで~ってミス・サイゴンで思い知った夜

ミス・サイゴンを帝国劇場で観て参りました。

あたしが観た回は、

エンジニアを市村正親さま、キムをキム・スハちゃんが演じた回でして、まぁそれはそれは素晴らしかった訳ですが、

ミス・サイゴン初見にして、

「あ~ベトナム戦争の話でしょ?何かヘリコプターが飛んで、引き裂かれる話でしょ?」

位の認識しかなかったあたしは、その内容のドン暗さに、観た後言葉を失ったのです。

 

ベトナム戦争の悲惨さとか、女性や混血の子の権利とか、そんな事を沢山考えると、もうなんも言えねえ・・・になるので、今回はこの辺の事はすっぱり置き去りにしまして(これは個人の頭の中で、ぐるぐる考えた方が良いとあたしは思ってるので)、

何で男っつーもんは女を待たせて何食わぬ顔で生活出来るのかをチクチクいじってみたいと思います。

 

 

キムとクリス(アメリカ軍人)は、陥落迫る歓楽街←で出逢い、恋をします。

クリスは何とか彼女をアメリカに連れて帰ろうとしますが、何せドタバタのサイゴン。2人は離ればなれに。

はい、ここからですよ!!!

 

キムはクリスの子を妊娠・出産。ずっとクリスを待っています。

 

どっこいあーた!

クリスは違う女性と結婚してたんだから、てぇへんだ!!!(江戸っ子?)

 

え?あなたサイゴンでキムちゃんと結婚式的な儀式してませんでしたか?

キムちゃんはあーたと結婚したつもりですし、観てたあたしも、あれで結婚してないとは言わせない位の儀式感でしたよ!!!←

クリスバカなの?!!←←←

 

しかもね、キムちゃんと子どもが自分を探してると知って超悩むの。幸せな結婚生活を続ける為にどうするべきかって。

なっさけないったらありゃ~しない。

ほんと、あたしがキムちゃんだったら、クリスは戦争で死んでて欲しかったわと思う位、情けない男なんですよ!

 

でも、キムちゃんには絶対に幸せになって欲しい我が子がいる訳です。

その為に、キムちゃんは自分に出来る、最大の事をするんですねー。

悲しいお話です。

 

ではクリスが極端にバカなのかと言うと、そうでもないから大変です。

松山千春さんだって歌ってる通り、女はいつも待ちくたびれてる訳です。

そんでそれでも恋は恋なのです。

 

クリスの奥さんがあまりに自分の事しか考えず、キムちゃんの事をうざったく言うクリスに、

「あなたの子を産んだ人よ」って制するところがあるんだけど、まじそれな!ですよ。

 

人はみんな、ある程度自分勝手だし、それはそうあるべき場面もあると思うから、仕方ないけど、クリスはキム(当時17歳)と出会った時、「子どもには何も出来ない」とか言いながらバッチリ手を出したり、自分とキムの間に生まれた子どもは引き取れないけど、教育は受けさせたいから、援助しようとか、アメリカンスクールを建てよう的な話もしていて、中途半端な偽善者っぽさが余計腹立つのかなぁと思いました。

 

まぁその偽善者っぽさが、他の欲望丸出しなアメリカ軍人たちからは浮いてたから、恋しちゃった訳だけどね~。

 

とにかく、

クリスのアホさ加減は置いておいても、これだけ観た後に色々と考えさせるミュージカルは凄いなと思うので、ミス・サイゴンはオススメです。

帝国劇場の後は各地を回るので、是非お近くの劇場へ~。

クリスいけめんじゃん!(役者さんじゃなくて、クリスそのものね)とか思う方もいるのかな~。興味あるわぁ~。

"嫌いな異性"はタイプではないから?

嫌いな異性っていますか?

嫌いな異性のタイプではなくて、付き合って別れた人じゃなくて、単に人として、嫌なヤツ。

 

あたしはいます。

その人(仮にAくんだとします)は、しなきゃいけない事を全然しない。

何人かで予定を組む時、必ずと言って良い程連絡が来ない。始めは、あたしが嫌われているorどうでも良いと思われているからそうなのかと思っていましたが、LINEのグループトークにも返信はないので、そういう人だと認識しました。

 

そしてAくんは、色んな事をさも簡単に出来る様な口振りで安請け合いします。

その実、行動には移しません。

 

仕事なら間違いなくキレて上司にチクるところですが、趣味の世界にこういう人がいると、ふつふつと怒りながら笑顔で対応するしかなく、趣味なのに超ストレス。

 

んで、あたしはイラつきながら対応していましたが、不思議な事に、あたしより迷惑を被って、一緒にめっちゃ文句を言うんだけど、最終的には「あたしはAくんの事、怒ってるけど嫌いじゃないよ」って言う女友達(仮にBちゃん)がいるんです。

因みに、あたしはAくんの事、怒ってるし大嫌いですw

 

まー、怒りの加点具合は人それぞれでしょうし、単純にあたしの怒りとBちゃんの怒りを並べて比べられませんが、あたしはAくんになるべく会わないし、まず連絡しても連絡来ないから連絡しない。

だってあたしや周りがいくら怒ろうが、Aくんはどこ吹く風でして、それがまた新たな怒りを誘っちゃうんです。

Aくんはあたしを怒らせる達人なのです。免許皆伝ですよ。

でもBちゃんは、また怒らなきゃいけない様な事が起こるのは分かった上で、ご飯食べる時とか、飲み会とか、Aくんも呼ぼうって言うの。勘弁してくだしゃい( ;∀;)

 

そこで話題になったのが、

あたしとBちゃんは話せば話す程、Aくんに対して、同じポイントで同じ様な深度で怒ってるのに、許せる・許せないがあるのは何でなのかねって事だったんですが、ある時Bちゃんが言ったのです。

 

「タイプだから許せるのかも知れない」って。

 

Bちゃん!タイプだったのね・・・!!!←そこ?

 

確かにAくんは顔もスタイルも良いと思う。

チャラついててモテるんだと思う。

でもあたしはいくらかっこよかろうが、人として、せないかん事もでけん様なヤツは好かんとじゃ!!!(ヒートアップし過ぎ)

 

まぁまぁ、あたしが好きか嫌いは置いておいて、Bちゃんの"タイプなら許せる説"は何だかとっても説得力とパンチがあって、あたしの中ではかなり腑に落ちた感があったのです。

 

って事は、ストライクゾーンが広ければ、寛容な人になれるかも知れないって事ですかねw

それはそれで凄いけど、悪い事ではないよねー。

実はそうじゃない話。

宝塚が好きだ!と言うと、

「○○様~!あ、今こっち見たよね?(*≧∀≦*)キャー!!!!!」みたいな事かと思われるのですが、実はそんな事全然ありません。

 

いや、スターさんのファンはそうな方もいらっしゃるのでしょうが、あたしは年中ピンスポットが当たってるスターさんよりも、やっと役名が付いた!って喜んじゃう位の下級生とか、脇をガッチリ固めるタイプの生徒さんを応援しちゃうので、とにかく本人との距離が近い!!!

 

宝塚はファンクラブが出来るまでは、入待ちや出待ちをすればご本人と話せるし、お茶飲み会(公演中に行われる、公演のお話をあれこれ聞ける親睦会の様なもの。生徒さんご本人も来られ、参加するファンの数に応じて、多ければトークショー形式、少なければガチめの親睦会、お食事会になる事もあります)は、あたしが応援していた生徒さんは大体お食事会っぽくなるので、必然的に話す時間も多くなり、よくお互いの事が分かる様になります。

よく知ると、もうキャー!とか言えませんw

入り出待ちも、もう「おはよー( ´∀`)」って言われても「あ、おはよー(・∀・)/」ですよ。最初に会った頃は、「おはようございます~!!!(*≧∀≦*)」だったはずなのに・・・アレ?ナニコレ?

 

あたしが退団をお見送りした生徒さんはおふたりですが、1人は退団して10年。未だに仲良くしてもらっています。

もうね、良い人なんだよ~!ほんっとに。

もう1人は退団して8年、こちらの生徒さんとは本当に気が合いすぎて、やっぱり未だに仲良しです。

 

で、宝塚の生徒さんって、所謂お嬢さんですから、いろーーーんな方がいらっしゃいます。

幸いにして、あたしが好きになった方はどちらも、お嬢さんだけど、ちゃんと節度は持った、偉い子ちゃんたちでした。

 

すんごい人はすんごいですよ。

ファン同士話してると、あまりの仕打ちに聞いてるだけで涙が出そうになる人もいますよ。

それが日常的だったりして、更にびっくりします。

 

だけどね、人を人とも思わない様な、そういう人たちは変わりません。

そういう人たちを見て、あたしはすっごい思いました。

人に感謝出来ない人間にだけはなっちゃいかんなーと。

 

人間、してあげる事より、してもらう事の方が楽だし、楽だからいつもしてもらう様になるし、いつもしてもらうから当たり前になる。

 

でも、してくれてる人は、時間だったり、手間だったり、お金だったり、何らかの犠牲を払っているんですよ。

それは全然、当たり前じゃないです。

別に宝塚に限った話じゃなくて、やっぱり、感謝は大事ですよね。

 

今は昔とは違って、ファンの方もなかなか入り出待ちにいらっしゃらない・・・とか聞くのですが、宝塚はファンの中でも決まり事の多い、かなりディープな世界なので、ずっぽし両足突っ込むってよりは、ライトに宝塚沼を淵から覗き込む、『蜘蛛の糸』のお釈迦様的な立ち位置をゲットすれば、とても楽しめると思います。

 

その際、宝塚沼は結構底無しなので、深入りする気がないなら、くれぐれも足を取られない様にお気を付け下さいねw

電車に乗っていると、何か蝕まれ感がある件について。

最近、友人の上京や、東京駅近くを訪れる機会があり、よく電車に乗っています。

 

東京に住み始めて1年半が経ちますが、相変わらず慣れません。

 

まず、人の多さ。

たまーにほぼ満員電車(ガチの、潰れる程の満員電車はまだ未経験)に乗りますが、こないだなんか、電車のドアがプシューと開いて、ホームで電車を待っていた外国の方が、ほぼ満員なギッチリさを見て、ハハッと笑った後こう言いました。

 

「crazy!」

 

うん!w

あたしもそう思います!

 

満員でなくても、座れても窮屈さはあります。

隣に座ったのが細いJKなら、多少の余裕はありますが、両隣がガッチリとかムッチリした男性だと、腕が触れちゃうので、なるべく触れないように、肩を体の内側に入れ目で座っています。

乗っている間はずっとその姿勢をキープするので、なかなかに窮屈です。

こちらも触れない様に気を付けますが、男性もまた、あらぬ疑いをかけられない為に必死の努力をします。

満員電車では、両手を下に下ろさずに乗っているのをよく見かけますね。

結局、お互い窮屈ですね。

 

人なんか、生きてれば迷惑かけて当たり前なのに、なかなか安心して迷惑かけられる場所は少なくて、プルプルしながら電車に乗っていると、とにかく迷惑かけちゃダメ!とか、周りは知らない人ばっかりなのに、物理的な距離だけやたら近い!とか、田舎出身のあたしから見たら、矛盾が半端ないのです。

その矛盾感が蝕まれ感に繋がるのかなーと思っています。

 

とは言え、電車に乗らないって選択肢は現実的でないので、蝕まれつつ生きていかないといけないのかなと。

 

別に都会が悪いとか、東京が嫌いとかではなく、元々人に酔っちゃうとか、パーソナルスペースが広めの方が有り難い、とかいう要素もあるのですが、田舎と都会では圧倒的に違う所があります。

それは、無関心さ。

 

人がいっぱいいると、一々関心を持っているとキリがないし、単に田舎ではお節介が過ぎる面も多々あるから、これはどちらが良いかは好き嫌いあると思いますが、あたしはお節介派かなぁ・・・。

確かにお節介な事をされると、相手の事をうざったく思っちゃうんだけど、それだけ思って、考えてもらってる感はある気がする。

だから逆に何も関心を持たれないのは、「あなたなんか世の中から消えても、誰も気にも止めません」って言われてる様な気になって嫌なんだと思う。

別に都会で暮らしてる人も、そこまでは考えてないと思うけどね。

 

こないだホームでベンチに座りながら、ぐだーっとなってる女性を見かけたんですが、ぐったりなのか、ぐっすりなのか、判断つかなかった。

誰も声をかけないし、あたしもかけなかった。

あたしが声をかければ、あたしの蝕まれ感はどっか行ってくれるのかも知れない、と思った話。